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創意工夫と献身的奉公

 【30//2012】

創意工夫と献身的奉公


織田上総介信長の下で奉公する事になった日吉丸は、名を木下藤吉郎秀吉と改め、
歴史の表舞台に登場していくことになる。

秀吉は日本の武士階級で一番低い足軽から身を起こし、やがて主君信長の覇業を受け継ぎ
百年に及ぶ戦乱の世を統一し、国家の最高権力者である関白にまで上り詰めた人物である。


関白(かんぱく)
天皇の代わりに政治を行う役職。
律令に本来規定された官ではない令外官であり、実質的に公家の最高位。敬称は殿下。


この秀吉には数多くの逸話が残っている。
秀吉が信長の草履取り頭に任命された時の逸話である。

草履取り
武家などに仕えて、主人の草履を持って供をした下僕。草履持ち。

ある寒い日のこと、信長が草履を履くと、草履が暖かかった。
「さては猿め、尻に敷いておったな」と疑い怒った信長に対し、
秀吉は「懐で温めておりました」と答え懐を開いて見せたという。
今日は寒い日であった為、信長の足を気遣い、懐で温めていたというのである。
主君を想う秀吉の心遣いに感心した信長は、その場で秀吉を草履取り頭に任命したという。
絵本太閤記に記されたこの有名な逸話は、作り話であるとも言われているが、周りの同輩や主君信長からも
「猿」と呼ばれ慕われていた秀吉らしい逸話である。


絵本太閤記(えほん たいこうき)
江戸時代中期に書かれた読本(よみほん)
豊臣秀吉の生涯を描いた「川角太閤記」をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。
全7編84冊。



草履取り頭に任命された秀吉は、部下を使うことはせず、自らが率先して信長の草履取りを続けたという。
主君の御側近くに仕える事を望み、立身出世を夢見る秀吉にとって、こんないい仕事を部下に与えてしまう事はもったいないと考えていたのかもしれない。
人が面倒だと思う事、嫌がる事、出来ない事、そして思いもつかない事を自らが率先して取り組む事が、
出世への近道であると秀吉は解っていたのである。

信長の真意を十分に理解し、何をやらせても卒なくこなす秀吉は次第に信長の覚えも良くなり、厩番(うまやばん)
台所役台所賄頭(だいどころまかないがしら)足軽三十人組の足軽頭侍大将と順調に出世して行く事になる。


創意工夫と献身的な奉公、そして生まれながらに持っていた人心掌握術で、
秀吉は国家の最高権力者の地位をも掴むのである。



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第二章 弘治記
1555年から1557年までの3年間を指すこの時期に、戦国乱世を太平の世へ導いた三英傑が歴史の表舞台に登場する。
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Category: 弘治記

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