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乱妨取り

 【01//2012】

乱妨取り

甲陽軍鑑(こうようぐんかん)とは、
甲斐国の戦国大名である武田氏の戦略・戦術・軍法・刑法などを記した甲州流軍学の聖典とされる軍学書である。
この軍学書に桶狭間合戦についての記事がある。

「駿河勢の諸方へ乱取にちりたる間に、身方のやうに入まじり」云々という記述があり、今川軍兵士の乱取に紛れて接近する信長本隊が記されている。
甲陽軍鑑にある乱取というのは乱妨取り(らんぼうどり)を略して記している。
乱妨取りとは、
戦国時代において兵士が人や物を略奪する行為をいう。
戦場付近の村を襲い農作物を奪い、女子・子供をさらい売り払うか奴隷にする。
また女性を強姦し、抵抗するものを殺すという事もあったという。

桶狭間山にて休息する際、今川治部大輔義元は、兵士に乱取を許していたのかもしれない。
そして最前線基地である中島砦に軍を進めていた織田上総介信長の知るところとなった。
そこで信長は、今川軍兵士の乱取に紛れて軍を義元本陣へ近づける作戦に出た。
「敵方よりさだかに相見え候」からも解るとおり、今川勢にとって織田勢の動きは簡単に捉えることが出来た。
ではなぜ敵から丸見えの状態で桶狭間山まで進軍することが出来たのか。
それは乱取に夢中になっていた今川軍兵士に紛れ行軍していた為である。

そして突然の豪雨に見舞われた今川勢は、完全に織田勢を見失うことになる。


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戦国乱世を駆け抜けた武士の見た夢
今も語り継がれる歴史に名高い英雄たちは、時代の渦の中で、どのように生き抜いたのか。
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戦国虎太郎が戦国の地に建造させた巨大城下町。
第三章 永禄記
1558年から1570年までの12年間を指すこの時期に、
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