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松平元康 独立

 【03//2012】

松平元康 独立

岡崎に戻った松平蔵人佐元康は、祖父清康の旧領三河の支配権を取り戻す為、
永禄四年(1561年)
深溝松平家当主・松平又八郎好景に、板倉弾正重定が守る中島城攻略を命じている。
今川家から独立する為の第一歩として三河国の制圧に動き出したのだ。
そのため、今川氏との関係は悪化し、
以後、「三州錯乱」「三州過半の錯乱」などと呼ばれる攻防戦が繰り広げられていく。

深溝松平家(ふこうず まつだいらけ、ふこうぞ まつだいらけ)
松平忠定を祖とする松平氏の分枝。
十八松平の一つ。
先祖を松平信光まで遡ると徳川家康と共通の祖となる家である。

松平 好景(まつだいら よしかげ)
松平忠定を祖とする深溝松平家の2代目。深溝城主。
善明堤の戦いで敵を深追いし、敵方の伏兵に包囲され討死。
子に長篠の戦いで武田信実を討った松平伊忠がいる。

元康ら三河勢は、中島城攻略を皮切りに、西尾城の牧野右馬允成定、東条城の吉良義昭と次々に今川方の諸城を攻略し、ついに西三河を制圧する。
西三河での元康の快進撃により、今川家諸将の動きは怪しくなった。
登屋ヶ根城代であった糟屋善兵衛の離反や、曳馬城主飯尾豊前守連竜の松平家内通など、
三河での今川家の影響力は著しく低下していった。
これに怒った今川上総介氏真は、その報復として吉田城代大原肥前守鎮実に、
今川家を離れた形原松平家の松平薩摩守家広西郷弾正左衛門正勝ら諸将から差し出させていた妻子十一人の処刑を命じている。

今川家との全面戦争はもはや避けられないと思った元康は、尾張国の織田上総介信長への接近を模索し始める。
桶狭間の合戦以降、凄まじい勢いで勢力を拡大していく信長との同盟は、元康にとって必要不可欠なものであった。
元康は石川与七郎数正を交渉役として織田家との外交にあたらせた。

石川 数正(いしかわ かずまさ)
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。
酒井忠次と共に徳川家康の片腕として活躍したが、小牧・長久手の戦いの後、徳川家を出奔し豊臣秀吉に臣従。
信濃松本藩の初代藩主とすることが通説となっている(三百藩藩主人名事典)。


永禄五年(1562年)一月
松平元康織田信長の和睦が成り、清洲同盟が締結される。
しかし、元康にとって織田家との同盟は、駿府にいる正室築山殿や、嫡子竹千代の命を危険にさらす事でもあった。

永禄五年(1562年)二月四日
清洲同盟が締結されるやいなや、元康は久松佐渡守俊勝松井金四郎忠次に命じ、
三河西郡城主鵜殿長門守長持蔵太郎長照親子を攻め、長照の嫡子氏長と氏次の二人の子を生け捕りにする。
鵜殿長照は、今川治部大輔義元の妹が生母という事で、氏真にとっては従兄弟であった。
長照の子を捕虜とした元康は、石川数正を交渉役として、駿府にいる妻子との人質交換を要請。
駿府にて人質生活を送っていた弱小松平家当主の姿はそこには無かった。
こうして元康は、正室築山殿、嫡子竹千代、長女亀姫の奪還に成功し、完全に今川家からの独立を果たした。
この一連の騒動をきっかけに、今川家に叛旗を翻す諸将の動きが活発化していき、
三州錯乱と呼ばれた大混乱が今川家を襲うのである。
今川家に混乱を持ち込んだ元康は、織田家の後ろ盾を背景に三河国平定を目指し、東三河に侵攻を開始。

永禄六年(1563年)七月六日
元康は、義元からの偏諱を捨て、松平蔵人佐家康と名乗る様になる。


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戦国乱世を駆け抜けた武士の見た夢
今も語り継がれる歴史に名高い英雄たちは、時代の渦の中で、どのように生き抜いたのか。
戦国城下町
戦国虎太郎が戦国の地に建造させた巨大城下町。
第三章 永禄記
1558年から1570年までの12年間を指すこの時期に、
織田信長が天下布武を掲げ、覇道の道を進む事になる。
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Category: 永禄記

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