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清洲同盟

 【05//2012】

清洲同盟
戦国時代、尾張国 織田氏三河国 松平氏との間で締結された攻守同盟である。
織徳同盟尾三同盟とも記されている。
信義という言葉が意味を成さない戦国時代において、二十年間も同盟関係が維持されたのは異例のことであった。

信義(しんぎ)
真心をもって約束を守り、相手に対するつとめを果たすこと。

永禄五年(1562年)一月十五日
松平蔵人佐元康が清洲城へ出向き、織田上総介信長と会見し清洲同盟が成立したという。
この時、信長と元康は「今ヨリ水魚ノ思ヲナシ、互ニ是ヲ救ン事聊モ偽リ有ベカラズ」という起請文を交わし、
という字を記した誓紙を三等分に分け、仲介役であった水野下野守信元を加えた三人で飲んだという。
美濃国侵略を目論み、後顧の憂いを断ちたい織田家と、三河国の統一を目指し、対今川家に専念したい松平家との思惑が一致した結果、成立した同盟である。
信長二十九歳、元康二十歳の時であった。

起請文(きしょうもん)
日本でかつて作成されていた、人が契約を交わす際、それを破らないことを神仏に誓う文書である。
起請文は、各地の社寺で頒布される牛王宝印(ごおうほういん)という護符の裏に書くのが通例であった。
特に熊野三山の牛王宝印(熊野牛王符)がよく用いられ、熊野の牛王宝印に書いた起請文の約束を破ると熊野の神使であるカラスが三羽死に地獄に堕ちると信じられ熊野誓紙と言われた。

水野 信元(みずの のぶもとは)
戦国時代の武将。水野忠政の次男。通称は藤四郎。受領名は下野守。
水野宗家当主で、尾張国知多郡東部および三河国碧海郡西部を領した。
徳川家康の伯父にあたる人物。

織田家松平家には、これまでに色々と確執があり、松平家内部では酒井将監忠尚ら譜代家臣が、
この同盟に反対する動きを見せるものの、これらの動きを抑えて同盟を成立させた信長と元康の先見の明はまさに英断であったと思わせられる。


織田氏と松平氏の間にあった歴史的遺恨を越えて成立したこの清洲同盟により、
織田信長は、同盟成立後、すぐさま斎藤道三亡き後の美濃国侵攻を画策し始めるのである。


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戦国乱世を駆け抜けた武士の見た夢
今も語り継がれる歴史に名高い英雄たちは、時代の渦の中で、どのように生き抜いたのか。
戦国城下町
戦国虎太郎が戦国の地に建造させた巨大城下町。
第三章 永禄記
1558年から1570年までの12年間を指すこの時期に、
織田信長が天下布武を掲げ、覇道の道を進む事になる。
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Category: 永禄記

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