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規模が拡大していく、命がけの兄弟喧嘩

 【15//2014】

周辺諸国を巻き込んだ争乱


美濃国守護土岐美濃守政房には嫡男土岐修理大夫頼武がいたが、
次男の土岐左京大夫頼芸を溺愛しており、頼武の廃嫡を考えるようになったことから
美濃とその周辺諸国を巻き込んだ争乱が起こった。


戦国Check✓

美濃国(みののくに)
かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。東山道に位置する。別称は濃州(のうしゅう)。
領域はおおむね現在の岐阜県の南部。
多藝郡、石津郡、不破郡、安八郡、池田郡、大野郡、本巣郡、席田郡、方県郡、厚見郡、各務郡、山県郡、武藝郡、
郡上郡、加茂郡、可児郡、土岐郡、恵奈郡の十八郡から成る。

守護職(しゅごしき)
鎌倉幕府、室町幕府が置いた武家の職制で、国単位で設置された軍事指揮官、行政官である。
令外官である追捕使が守護の原型であって、後白河法皇が源頼朝に守護、地頭の設置と任免権を認めたことによって、
幕府の職制に組み込まれていった。

土岐 政房(とき まさふさ)
戦国時代の武将。幼名は美伊法師。官位は美濃守。美濃守護。美濃土岐家第十三代当主。
舞の名手であり、応仁の乱を逃れて美濃の革手城に滞在していた一条兼良は、
日記で美伊法師(政房)の舞いを褒めている。
明応四年、守護代斎藤利国の支援を受け、弟元頼を推す石丸利光を船田合戦で破り、美濃守護となる。
しかし、後年には斎藤利国、利親父子の戦死や、息子の頼純と頼芸の兄弟争いにより、守護家としての勢力は衰えた。

土岐 頼武(とき よりたけ)
戦国時代の武将。通称は次郎。官位は修理大夫。美濃守護。美濃土岐家第十四代当主。
斎藤道三に擁立された、弟土岐頼芸により越前に追放され、美濃守護職と土岐家の家督を奪われる。
奈良正倉院秘蔵の蘭奢待の切り取りを朝廷から許可された五名の内の一人。

土岐 頼芸(とき よりあき)
戦国時代の武将。官位は左京大夫、美濃守。美濃守護。美濃土岐家第十五代当主。
斎藤道三に擁立され、兄土岐頼純を越前に追放し、美濃守護となる。
天文二十一年、道三とあらそって敗れ、のち尾張の織田信長をたよったとされる。
鷹の絵が得意で、土岐洞文と同一人物との説もある。

廃嫡(はいちゃく)
嫡流を継ぐ相続権を廃する、または廃されること。



永正十四年(1517年)十二月二七日
長井藤左衛門長弘西村勘九郎正利は、政房の命により土岐頼芸を擁立し、
政房の跡目を巡る土岐氏の家督争いを引き起こすが、
土岐頼武を擁立した美濃国守護代斎藤新四郎利良との合戦に敗れている。


戦国Check✓

長井 長弘(ながい ながひろ)
戦国時代の武将。通称は藤左衛門、弥二郎。官位は越中守。美濃小守護代。美濃関城主。
美濃守護土岐政房の後継を巡り、政房の嫡男頼武と次男頼芸が対立。
頼芸を実質的な守護の座に就かせる為、斎藤道三と共に頼芸を擁立し、頼武を越前に追放する。
事に成功した長弘は、守護代斎藤氏に替わって、美濃の実権を握った。
しかし、「不行跡の罪」或いは「頼武と内通した」として上意討ちの名目で斎藤道三に殺される。

擁立(ようりつ)
支持し、もりたて、高い地位に就かせようとすること。

守護代(しゅごだい)
鎌倉時代と室町時代に守護の下に置かれた役職。
守護は、家臣の中から代官を任命して実際の政務を代行させた。
これが守護代である。
守護代も自らの代理人たる小守護代を置き、守護任国における土地支配構造はきわめて重層的であったといえる。

斎藤 利良(さいとう としなが)
戦国時代の武将。通称は新四郎。美濃守護代。美濃斎藤家持是院家第六代当主。



永正十五年(1518年)八月十日
逆襲を狙う勘九郎正利らは、尾張国に亡命していた斎藤利良の叔父にあたる
前美濃国守護代斎藤彦四郎利隆に援軍を要請し、再び頼武に合戦を挑み、今度は頼芸らが勝利を収め、
頼武を越前国へ追放する。

しかし翌、
永正十六年(1519年)
政房が没し、美濃国守護職が空位となると、頼武は越前国守護朝倉弾正左衛門孝景の援軍を得て、
三千の朝倉勢と共に美濃国へ侵攻

同年九月十四日 正木合戦

同年十月十日  池戸合戦

続けざまに敗北した頼芸らは、北近江へ亡命する事になる。

美濃復帰を成し遂げた頼武は、政房の跡を継ぎ土岐家を継承し美濃国守護職に就任する。
土岐頼武が美濃国守護に就くことで家督争いは決着がついたかと思われた。


戦国Check✓

斎藤 利隆(さいとう としたか)
戦国時代の武将。通称は彦四郎。官位は豊後守。美濃守護代。美濃竹ヶ鼻城主。
斎藤 利良の叔父。

越前国(えちぜんのくに)
かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。北陸道に位置する。別称は越州(えつしゅう)。
領域はおおむね現在の福井県嶺北地方及び敦賀市にあたる。
敦賀郡 、丹生郡 、今立郡、足羽郡 、大野郡、坂井郡、吉田郡、南条郡の八郡から成る。

朝倉 孝景(あさくら たかかげ)
戦国時代の武将。通称は孫次郎。官位は弾正左衛門尉。越前守護。越前朝倉家第十代当主。
一門の朝倉宗滴の補佐を受け、当時混乱の多かった加賀・美濃・近江・若狭らにしばしば出兵・侵攻し、
各国の守護家や諸勢力に軍事的優位性、政治的影響力を見せ付け、
代々対立してきた加賀一向一揆との和睦をも成立させた。
また朝廷や幕府との繋がりをも深め、越前に更なる繁栄をもたらし、本拠・一乗谷城に京風文化を華開かせた。

猛き黄金の国 斎藤道三 (集英社文庫) 本宮 ひろ志 (著)
兵は詭道なり 斎藤道三 (学研M文庫) 岩井 三四二 (著)
戦国手帳           (2012年版) しのびや.com



しかし八年後
大永七年(1527年)八月
密かに策を講じていた長井長弘と勘九郎正利は、政権奪取を企て再挙兵することになる。

北近江の国人浅井備前守亮政に援軍を要請し、関ヶ原今須付近で土岐頼武軍と激突する。


戦国Check✓

北近江国(きたおうみのくに)
かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。東山道に位置する。別称は江北(こうほく)・湖北(こほく)。
領域はおおむね現在の滋賀県長浜市、米原市、彦根市鳥居本にあたる。
伊香郡、浅井郡、坂田郡の三郡から成る。
室町時代から戦国時代にかけて、近江国は北近江を佐々木源氏庶流の京極氏が治め、
南近江を佐々木源氏嫡流の六角氏が治める事で一国を二分していた。
その為、近江国守護職も京極氏を北近江守護職に、六角氏を南近江守護職と分けている時代もあった。

国人(こくじん)
主に鎌倉時代の地頭層から発し、南北朝時代から室町時代にかけて諸国の開発に推進した武士層のこと。
国人領主。国衆(くにしゅう)、国人衆。

浅井 亮政(あざい すけまさ)
戦国時代の武将。通称は新三郎。官位は備前守。北近江の国人浅井家初代当主。
北近江の国人である浅井氏庶流蔵人家直種の子に生まれた亮政は、浅井家嫡流で従兄弟浅井直政の娘蔵屋と結婚し、
浅井宗家を継承。
「浅井三代」の基礎を築いた人物。

関ヶ原今須(せきがはらいます)
美濃国不破郡関ヶ原(現在の岐阜県不破郡関ヶ原町)辺りの地。


救援要請
頼武は朝倉氏に救援を求め、敦賀郡司朝倉太郎左衛門教景が近江小谷城まで進軍し、六角氏と協力して
浅井亮政を牽制するなど頼武・頼芸の家督相続は大規模な合戦へと発展していく。

この戦は、この年の暮れ迄続く長期戦となるが、勘九郎正利が頼武の居城美濃川手城に急襲をかけ、
総崩れとなった頼武は越前へと再度亡命することとなった。

政権奪取に成功した頼芸は、濃州太守と呼ばれ、実質的な美濃国守護となる。
長井長弘と勘九郎正利は、土岐頼芸の守護補任に大きく貢献したのである。


戦国Check✓

郡司(ぐんじ、こおりのつかさ)
中央から派遣された国司の下で郡を治める地方官。

朝倉 教景(あさくら のりかげ)
戦国時代の武将。通称は太郎左衛門尉。諡号は宗滴。越前朝倉家一門。
朝倉貞景、朝倉孝景(宗淳)、朝倉義景の三代に仕え、一族の重鎮として各地を転戦し、武名を轟かせた名将。

近江小谷城(おうみおだにじょう)
近江国浅井郡小谷(現在の滋賀県長浜市湖北町)にあった城。

六角氏(ろっかくし)
家系は宇多源氏佐々木氏の流れを汲み、鎌倉時代から戦国時代にかけて近江南部を中心に栄えた。
近江源氏と呼ばれた佐々木氏の四家に分かれた家のうちの1つで、鎌倉時代より守護として南近江一帯を支配していた。
また足利将軍家の管領代となり、近江蒲生郡観音寺城を本拠として近江一帯に一大勢力を築き上げ、
伊賀や伊勢の一部までにも影響力をおよぼしたとされる。

美濃川手城(みのかわてじょう)
美濃国厚見郡革手(現在の岐阜県岐阜市正法寺町)にあった城。




次回 第十八話 愛妾 深芳野 ⇒




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