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「松平家の英雄」家康のじいちゃん!!

 【15//2015】

松平清康の尾張侵攻



吉法師(織田信長)が誕生した翌年のことである。

天文四年(1535年)
尾張国と隣接する三河国では、
三河岡崎城を居城とする松平二郎三郎清康が、尾張国侵攻に動き出し始めていた。


徳川氏はこのころは松平姓で、矢作川の支流足助川上流域にあった松平郷が発祥の地とされている。

松平郷には、松平東照宮をはじめ、初代松平次郎三郎親氏をまつる高月院、松平城址など、
松平氏ゆかりの史跡が多く残っており、松平東照宮と高月院境内、松平城址、大給城址の四ヵ所は
松平氏遺跡として、国の文化財になっている。



戦国Check✓

松平 清康(まつだいら きよやす)
戦国時代の武将。通称は二郎三郎。三河松平家第七代当主。徳川家康の祖父。
安祥松平家は清康の代に安城岡崎を兼領し、武威をもって離反していた一族、家臣の掌握を進め西三河の地盤を固めた。

松平郷(まつだいらごう)
三河国の戦国大名から江戸幕府の将軍家へと発展する松平氏、徳川氏の発祥地。
巴川(足助川)東岸の山地の中の小集落で、三河国加茂郡(現在の愛知県豊田市松平町)にあたる。

松平 親氏(まつだいら ちかうじ)
室町時代初期、14世紀後半の武将。通称は次郎三郎、太郎左衛門。松平氏、徳川氏の始祖。
清和天皇に端を発する新田氏の一族であった得川義季の末裔、世良田京亮政義の曽孫が、
三河松平初代当主となる親氏である。
武勇に勝れた親氏は中山七名を征服し、松平城を本拠として足助川沿岸一帯の地を支配する。







大永三年(1523年)四月

清康が松平宗家第七代当主となったのは、十三歳の時であった。
三河安祥城を本拠としていた清康は、



大永四年(1524年)五月

敵対していた松平弾正左衛門信貞を攻め三河山中城・岡崎城を奪い、本拠を三河岡崎城に移し、
三河の統一に動き出すことになる。


戦国Check✓

三河安祥城(みかわあんしょうじょう)
三河国碧海郡安城(現在の愛知県安城市安城町)にあった城。

松平 信貞(まつだいら のぶさだ)
戦国時代の武将。通称は弾正左衛門。大草松平家第三代当主。
大永四年(1524年)、松平清康の侵攻を受け、山中城、岡崎城とその所領を明け渡した。

三河山中城(みかわやまなかじょう)
三河国額田郡山中(現在の愛知県岡崎市羽栗町)にあった城。

三河岡崎城(みかわおかざきじょう)
三河国額田郡岡崎(現在の愛知県岡崎市康生町)にあった城。

日めくり戦国史 きょうは何の日 (新人物文庫) [文庫]
地図で訪ねる歴史の舞台 日本帝国書院編集部 (著)





享禄二年(1529年)
快進撃を続ける清康は、東三河へ進出して三河今橋城を攻略し、
つづいて三河田原城を攻めて戸田氏を降伏させている。

三河湾の海上支配権を確立させると、さらにその年の秋には西に転じて尾張国に侵攻を開始。

三河、尾張、美濃三国の国境地帯にある尾張品野城、小牧にほど近い尾張岩崎城の二城を攻略。

智勇に優れ、周辺諸国にまでその名を轟かせていた清康は、
甲斐国守護武田左京大夫信虎が使者を送ってくる程までに成長していた。

そして、三河の東西を押さえた清康は、
天文四年(1535年)十二月四日
一万余の軍勢を率いて岡崎を出陣し、織田孫三郎信光が守る尾張守山城へ進軍することになる。


戦国Check✓

三河今橋城(みかわいまばしじょう)
三河国渥美郡今橋(現在の愛知県豊橋市今橋町豊橋公園内)にあった城。

三河田原城(みかわたはらじょう)
三河国渥美郡田原(現在の愛知県田原市田原町巴江)にあった城。

尾張品野城(おわりしなのじょう)
尾張国春日井郡品野(現在の愛知県瀬戸市品野町)にあった城。

尾張岩崎城(おわりいわさきじょう)
尾張国愛知郡岩崎(現在の愛知県日進市岩崎町)にあった城。

武田 信虎(たけだ のぶとら)
戦国時代の武将。法名は無人斎道有、官位は従五位下 左京大夫 陸奥守。幕府相伴衆、甲斐守護。
甲斐武田家(甲斐源氏宗家)第十八代当主。武田信玄の父。
乱国となっていた甲斐を統一し、甲府の城下町を開創するなど画期的な政策を推し進め、
戦国大名武田氏の基盤を築いた人物。

織田 信光(おだ のぶみつ)
戦国時代の武将。通称は孫三郎、法名は梅岩または梅厳。
織田信秀の弟で織田信長の叔父にあたる。
武勇に優れ、兄信秀に従い武功を挙げ、小豆坂七本槍の一人として名を馳せた。
信秀の死後は、家督を継いだ甥の信長をよく補佐した。

尾張守山城(おわりもりやまじょう)
尾張国春日井郡守山(現在の愛知県名古屋市守山区市場)にあった城。





次回 第八話 松平家の内部崩壊 ⇒




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