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天文年間年表

 【06//2012】

天文年間(1532-1555)

天文(てんぶん:てんもん)期は、1532年から1555年までの24年間を指す。
享禄五年(1532年)七月二十九日
室町幕府第十二代将軍 足利義晴の申請により、享禄から天文と改元される。


天文元年(1532年)
○細川晴元、本願寺法主証如が共に、畠山義堯、三好元長を討伐。
 河内国守護畠山義堯自害。
 堺の顕本寺で、三好元長自害。
○享禄から天文に改元。
○本願寺勢力に不安を感じた細川晴元が、法華宗徒と近江六角定頼に、山科本願寺を襲撃させる。
 城郭化された寺内町は全焼。[山科本願寺焼討ち]
 以後、本願寺は石山へ移り石山本願寺となる。
○武田信虎が甲斐国を統一する。
○イエズス会宣教師ルイス・フロイスがポルトガルの首都リスボンで誕生。
○織田弾正忠家当主 織田信定が、嫡男織田信秀に家督を譲り居城勝幡城を与える。


天文二年(1533年)
○島津貴久の嫡男、虎寿丸(島津義久)が誕生。
○朝倉孝景の嫡男、長夜叉(朝倉義景)が誕生。
○毛利元就が従五位下右馬頭に任官する。
○毛利元就の三男、徳寿丸(小早川隆景)が誕生。
○西村正利(斎藤道三)が、上意討ちの名目で、長井長弘を殺害し、長井氏を乗っ取る。


天文三年(1534年)
○織田信秀の嫡男、吉法師(織田信長)が誕生。


天文四年(1535年)
○細川晴元と、石山本願寺法主証如が和睦する。
○丹羽長政の次男、万千代(丹羽長秀)が誕生。
○松平清康が、尾張守山滞陣中に家臣の阿部弥七郎に殺害される。[守山崩れ]
○斎藤利政の娘、帰蝶(濃姫)が誕生。
○荒木義村の嫡男、十二郎(荒木村重)が誕生。


天文五年(1536年)
○尾張中村の百姓木下弥右衛門の子、日吉(木下藤吉郎)が誕生。
○室町幕府第十二代征夷大将軍 足利義晴の嫡男 菊童丸(足利義輝)が誕生。
○駿河国守護今川氏輝が死去。
○大内義隆が、朝廷から太宰大弐に任命される。
○玄広恵探と栴岳承芳(今川義元)による家督騒動が勃発。[花倉の乱]
○細川晴元が、法華衆(比叡山延暦寺)を、六角定頼と連合して壊滅させる。
 京都洛中洛外の日蓮宗寺院二十一本山を焼き払う。[天文法華の乱]
○武田晴信が初陣として、佐久郡海ノ口城主平賀源心を攻める。
 一夜にして落城させたという伝承が残る。
○今川義元の斡旋で、左大臣三条公頼の息女を、武田晴信が正室に迎える。
○越後国守護代長尾為景が、嫡男の長尾晴景に家督を譲り、居城春日山城を与える。
○松平仙千代が元服し、松平次郎三郎広忠と名乗りを改める。
○佐々成宗の五男、佐々成政が誕生。


天文六年(1537年)
○細川晴元が、右京大夫に任官され、管領として幕政を支配する。
○今川義元が、武田信虎の娘定恵院を正室として迎える。[甲駿同盟]
○北条氏綱が、駿河国河東地域に侵攻し占領する。[河東一乱]
○細川晴元が、左大臣三条公頼の息女を正室として迎える。
○松平広忠が、岡崎城を奪い返し、松平宗家を継承する。
○室町幕府第十二代征夷大将軍 足利義晴の次男 覚慶(足利義昭)が誕生。


天文七年(1538年)
○北条氏綱が、足利晴氏を擁立し、足利義明・里見義堯連合軍を撃破する。[第一次国府台合戦]
○前田利昌の四男、犬千代(前田利家)が誕生。
○織田信秀が、古渡城を築城し移城する。
○織田信秀が、今川勝豊の那古野城を奪い取り吉法師を城主とする。
○美濃国守護代・斎藤利良が死去し斎藤宗家が断絶。
○土岐頼芸の命により、長井規秀が斎藤宗家を継承し、名を斎藤利政と改め守護代の地位に付く。
○今川義元の嫡男、龍王丸(今川氏真)が誕生。
○北条氏康の次男、松千代丸(北条氏政)が誕生。
○武田晴信の嫡男、太郎(武田義信)が誕生。


天文八年(1539年)
○三好長慶が、父・三好元長の遺領を求め上洛し、摂津守護代越水城主となる。
○織田信秀が万松寺を建立する。
○古河公方足利晴氏が、北条氏綱の娘芳春院を正室に迎える。


天文九年(1540年)
○松平広忠が、尾張の鳴海城を攻めるが敗北。
○織田信秀が、水野忠政を伴い三河に侵攻。
 安祥城を攻め落とし、庶長子の織田信広を城主とする。
○尼子経久が、30,000の軍勢で毛利元就の居城吉田郡山城を攻める。[吉田郡山城の戦い]
 元就は3,000の兵で籠城して尼子勢を迎え撃ち撃退する。
○尾張中村の木下弥右衛門の妻なかの後夫・竹阿弥の子 小竹(豊臣秀長)が誕生。


天文十年(1541年)
○武田信虎が国外追放され、嫡男武田晴信が家督を継承する。
 武田家当主となった晴信は信濃侵攻を開始
○北条氏綱が病に倒れ死去、嫡男北条氏康が家督を継承する。
○尼子経久が居城月山富田城内で死去。
 嫡孫三郎四郎が家督を継承し、尼子晴久と名を改める。
○織田信秀、伊勢神宮式年遷宮のため、材木や銭七百貫文を朝廷に献上。
 朝廷はこれに感謝し信秀を三河守に叙任する
○斎藤利政により、土岐頼満が毒殺される。
 土岐頼芸と斎藤利政との対立抗争が開始。
○松平広忠が水野忠政の娘於大の方を正室に迎える。


天文十一年(1542年)
○大内義隆が国人衆を集め、尼子氏の月山富田城攻略を開始する。[月山富田城の戦い]
 一年四ヶ月にも及ぶ遠征の挙句、敗北する。
○細川晴元が、三好長慶、遊佐長教、畠山稙長連合軍に木沢長政討伐を命じる。[太平寺の戦い]
○武田晴信が、諏訪氏庶流である高遠頼継とともに諏訪領への侵攻し諏訪領を制圧する。
○西三河侵攻を進める織田信秀と、今川義元・松平広忠連合軍による合戦[第一次小豆坂の戦い]
 織田勢の小豆坂七本槍の奮戦によって織田軍の勝利に終わる。
○松平広忠の嫡男・竹千代(徳川家康)が誕生。
○服部保長の四男・服部半蔵(服部正成)が誕生。
○斎藤利政が、美濃国守護土岐頼芸を追放し美濃を奪う。
○織田信秀が、内裏の修繕費として朝廷に4000貫文を献上する。


天文十二年(1543年)
○本願寺第十世法主証如の嫡男、茶々(顕如)が誕生。
○狩野派の絵師・狩野松栄の嫡男・源四郎(狩野永徳)が誕生。
○水野忠政が死去。
 水野信元が家督を継承し、今川家から離反。織田信秀と同盟を結ぶ。
 結果、松平広忠は、於大の方と離縁することとなる。
○長尾虎千代が元服し、長尾景虎と名乗りを改め、越後国古志郡司として栃尾城主となる。
○ポルトガル船が種子島に漂着し、鉄砲が日本に伝来する。
○細川高国の養子・細川氏綱が、細川晴元打倒を掲げ、和泉で挙兵する。
○武田晴信が信濃国長窪城主・大井貞隆を攻略し滅ぼす。


天文十三年(1544年)
○伊達晴宗の次男・彦太郎(伊達輝宗)が誕生。
○竹中重元の次男・重虎(竹中重治)が誕生。
○謀反を起こした越後の豪族を、古志郡司であった長尾景虎(上杉謙信)が壊滅させる。
 景虎初陣


天文十四年(1545年)
○後奈良天皇の命を受けた道増が、今川家と北条家との和睦の使者として駿河に下向する。
○武田晴信が、信濃高遠城主・高遠頼継を攻略し滅ぼす。
○武田晴信が、信濃福与城主・藤沢頼親を攻略し滅ぼす。
狐橋の戦いで今川義元が北条氏康を撃破する。
第二次安城合戦で本多忠豊が討死。
○関東連合軍約八万の軍勢が北条家支城河越城を包囲
○越後黒滝城主・黒田秀忠が、長尾景康らを殺害し謀反を起こす。
 長尾景虎が黒滝城主・黒田秀忠を討伐する。[黒滝城の戦い]
○今川家と北条家との和睦が成立する。
○浅井久政の嫡男・猿夜叉丸(浅井長政)が六角氏の居城観音寺城下にて誕生。
○毛利元就が、周防国守護大内義隆の命により、竹原小早川家を三男徳寿丸に継承させる。
 徳寿丸は、大内義隆の偏諱を賜い、小早川隆景と名乗りを改める。


天文十五年(1546年)
○最上義守の嫡男・白寿(最上義光)が誕生。
○八万の軍勢が包囲する河越城に、北条氏康が奇襲をしかけ大勝利を挙げる。[河越城の戦い]
○今川義元が、戸田宣成の今橋城を攻略し、東三河侵攻の拠点とする。
○足利義輝が室町幕府第十三代将軍に就任
○吉法師が古渡城で元服し、織田三郎信長と名乗りを改める。
○武田晴信の庶子・四郎(武田勝頼)が誕生。


天文十六年(1547年)
○武田晴信が、信濃国志賀城主笠原清繁に大勝する。[小田井原の戦い]
○織田信秀が、斎藤利政討伐の大規模な稲葉山城攻めを開始。
 斎藤利政の反撃により信秀の弟・犬山城主織田信康や清洲三奉行家織田達広ら討死。
 総勢五千の兵を失う。[加納口の合戦]
○松平忠倫が謀反を起こす。
○松平竹千代が、千貫文で織田家に売り払らわれる。
○斎藤利政が、織田家支城・大垣城を攻略する。
○織田信長が、三州吉良大浜で初陣を飾る。
○織田信秀の娘・お市の方が誕生。
○織田信秀の十一男・源五(織田長益)が誕生。
○織田信秀は居城を古渡城から末盛城に移す。
 実弟・織田信光が守る守山城と合わせて東方防御線を構成する。
○武田晴信が、領国支配の分国法を定める。[甲州法度之次第]
○毛利元就が、吉川家の乗っ取りを企て、次男毛利元春を養子として送り込む。


天文十七年(1548年)
○本多忠高の嫡男・鍋之助(本多忠勝)が誕生。
○信濃上田原で、武田晴信が葛尾城主・村上義清に大敗する。
 晴信はこの合戦で、重臣と多くの将兵を失う。[上田原の合戦]
○織田信秀が、水野信元を従え三河国に侵攻。
 先鋒織田信広隊が、三州小豆坂にて今川勢と遭遇し大敗する。[第二次小豆坂の合戦]
○信濃塩尻峠にて武田晴信が、信濃林城主小笠原長時を撃破する。[勝弦峠の戦い]
○織田信秀が、美濃斎藤家との縁組による和睦を画策。
 嫡男の三郎信長と、斎藤利政の息女帰蝶との婚姻が決定する。
○長尾景虎が兄・晴景に代わって家督を継承し春日山城に入城。
 越後国守護代となる。
○斎藤義龍の庶子・喜太郎(斎藤龍興)が誕生。
○越前国守護朝倉孝景が死去。
 嫡男の長夜叉(朝倉義景)が家督を継承し、朝倉延景と名乗りを改める。
 若年のため、一族の名将朝倉宗滴が補佐する。


天文十八年(1549年)
○斎藤道三の娘濃姫が、織田信長に嫁ぐ。
○松平広忠が、居城岡崎城にて家臣の岩松八弥に殺害される。
 太原崇孚雪斎が城代として岡崎城に入城。
○三好長慶が、三好一族の和を乱す傍流の三好政長を討伐。[江口の戦い]
 これにより主筋である管領・細川晴元と敵対関係になる。
 三好長慶を恐れた細川晴元は、前将軍足利義晴 将軍足利義輝父子を伴って近江の坂本へ避難。
フランシスコ・ザビエルが鹿児島に到着。
 キリスト教を伝える。
○太原崇孚雪斎が安祥城を攻略し、織田信広が捕虜となる。
 松平竹千代と織田信広の人質交換が行われる。
○三河松平領が今川義元の支配下となり、竹千代が今川の人質として駿府へ出立。
○織田信長が近江国友村に500挺の鉄砲製作を依頼する。
○筒井順昭の子・藤勝(筒井順慶)が誕生。


天文十九年(1550年)
○豊後国守護・大友義鑑が家臣に襲撃され死去。[二階崩れの変]
○越後国守護・上杉定実が死去する。
 将軍・足利義輝より、長尾景虎が越後国主と認められる。
○武田晴信が、小笠原領に侵攻し小笠原長時の林城を攻略する。
 城を追われた小笠原長時は村上義清のもとへ逃走。
信濃砥石城攻防戦で武田晴信が村上義清に大敗する。
 晴信は二度目の敗北を味わう。[砥石崩れ]
○毛利元就の三男小早川隆景が、沼田小早川家の家督を継承。
 小早川家を一つにまとめる。
○毛利元就が、吉川興経を隠居させ、次男吉川元春に家督を継承させる。
 (※元就は熊谷信直らに命じ、興経とその実子である千法師を殺害する。) 


天文二十年(1551年)
○越後坂戸城主・長尾政景が反乱を起こす。
 長尾景虎が政景の家臣越後板木城主・発智長芳を攻撃し勝利する。
○織田信秀が病死。織田信長が那古野城にて家督を継承。
 弟 織田信行は末盛城を与えられ移城。
 柴田勝家らも同行する。
○真田幸隆の策略で信濃砥石城が落城する。
 武田晴信は信濃国において次第に優勢となる。
○尼子晴久が、因幡.伯耆.隠岐.出雲.美作.備前.備中.備後八ヶ国の守護となる。
 同時に幕府相伴衆に任ぜられる。
○長尾景虎が、後奈良天皇より従五位下弾上少弼の位階を賜る。
○長尾景虎が、越後坂戸城を包囲し、政景の反乱を鎮圧。
 越後国の内乱を鎮圧し、越後国統一を成し遂げる。
○周防国守護大内義隆が、陶晴賢に攻められ、逃亡先の長門大寧寺にて自害。[大寧寺の変]
○古河公方足利晴氏が、家督を梅千代王丸(足利義氏)に譲る。
○今川義元が、今川仮名目録追加二十一条を制定する。


天文二十一年(1552年)
○関東管領・上杉憲政が、北条氏康に領国の上野国を攻められ、越後国へ逃亡する。
○三好長慶は、細川晴元・足利義輝らと有利な条件で和睦する。
 (※長慶は幕府相判衆となり、晴元は氏綱に家督を譲って隠居する。)
○謀叛を起こした鳴海城主山口左馬助を、織田信長が馬廻り兵八百を率いて討伐。[赤塚合戦]
○朝倉延景が、室町幕府第十三代将軍・足利義輝より「義」の字を与えられ、朝倉義景と改名する。
 同時に左衛門督に任官する。
○長尾景虎が、上杉憲政の居城上野平井城の奪還に成功。
 北条軍を率いる北条長綱は、上野国から撤退する。
○織田信長が、守護代家家老坂井大膳らと萱津の原で戦う。[萱津の戦い]
○今川義元の娘嶺松院と、武田晴信の嫡男武田義信が婚姻する。[甲駿同盟]
○織田信長が上総介を自称する。


天文二十二年(1553年)
○傳役の家老 平手政秀が、織田信長を諌めるため諫死。
○毛利隆元の嫡男・幸鶴丸(毛利輝元)が誕生。
○武田晴信が、信濃葛尾城を攻略する。
 葛尾城主・村上義清は城を放棄し、越後国の長尾景虎もとへ逃れる。
 晴信は北信を除き信濃国をほぼ平定する。
○織田信長が尾張富田の正徳寺にて妻濃姫の父斎藤利政と会見する。[正徳寺の会見]
○織田信友とその家臣坂井大膳が、尾張国守護斯波義統を殺害する。
 斯波義統の嫡男・斯波義銀を織田信長が保護する。
○柴田勝家が清洲に攻撃をしかけ、誓願寺前にて清洲勢を討ち破る。
○村上義清の要請を受けた長尾景虎が、信濃侵攻を開始。[第一次川中島の戦い]
 以来善光寺平の主導権を巡る甲越対決の端緒となる。
○長尾景虎が上洛を果たし、後奈良天皇および室町幕府第十三代将軍・足利義輝に拝謁する。
○武田晴信と北条氏康が同盟を結ぶ。[甲相同盟]


天文二十三年(1554年)
○今川義元が村木に砦を築き刈谷・緒川の連絡経路を封鎖する。
 斎藤道三からの援軍安藤守就に那古野城留守居を命じ、織田信長出陣。
○織田信長・水野信元連合軍が、村木砦を攻略する。
○織田信長が、叔父織田信光と謀り、尾張守護代織田信友を謀殺し、清洲城乗っ取りに成功する。
 叔父織田信光に那古野城を与える。
○毛利元就が、周防国に侵攻し、玖珂郡小瀬と御庄で陶晴賢軍と激突し勝利する。
○毛利元就が、安芸国佐西郡明石に攻め込んできた陶晴賢軍を明石口で撃破する。[明石口の戦い]
○守山城主・織田信次の家臣が信長の弟・織田秀孝を誤って射殺する。
○織田信光が家臣によって暗殺される。
○北条氏康の娘早川殿と、今川義元の嫡男今川氏真が婚姻する。[相駿同盟]
○甲斐の武田晴信、相模の北条氏康、駿河の今川義元による甲相駿三国同盟が完成する。
○斎藤利政が家督を斎藤義龍へ譲り、常在寺で剃髪入道を遂げて道三と名乗り隠居する。
○越後北条城主・北条高広が、甲斐国の武田晴信と通じ長尾景虎に反乱する。


天文二十四年(1555年)
○安芸国厳島で毛利元就が、陶晴賢を破る。[厳島の戦い]
○長尾景虎が、越後北条城主・北条高広を包囲し反乱を鎮圧する。[北条城の戦い]
○長尾景虎が、武田晴信と川中島の犀川を挟んで対峙する。[第二次川中島の戦い]
 駿河国の今川義元の仲介により景虎側に有利な条件で和睦する。



CATEGORY/カテゴリ
織田信長と戦国武将 トップページ
第一章 天文記
1532年から1555年までの24年間を指すこの時期に、戦国期の英雄が尾張国に誕生する。
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Category: 天文記

Theme: 歴史

Genre: 学問・文化・芸術

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Posted at 08:23:31 2015/06/01 by

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